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思うところも多い 映画・ドラマ・バラエティ 69.映像に迫力があるものの、物語が変わっており ベン・ハー(2016) [印象に残る 映画・ドラマ・バラエティ]

2016年に公開された映画『ベン・ハー』を観たのだが。馬4頭に引かれた戦車での競技では、大迫力で躍動感があり、派手さもあったものの、1959年の『ベン・ハー』と比べてしまうと違った物語という感じで、残念なところもある。ただ、これが、今どきなのかもしれない。

逆転劇につながる部分が大きく削られているため、取って付けたような印象もあり。しかも、この物語では、見え隠れする キリストの存在も、振りが粗そうで、あってもなくてもという雰囲気もある。ここからは、比べての話なため、ネタバレになる。

『ベン・ハー』(2016年)は、こういう理由から、こういう流れになるという部分で、感情を強く表現しているような感じもあり。予算の関係もあるのだろうか、大きな出来事を街の中で済ませがちで、そこで、世界が狭く感じられる。どうしても、『ベン・ハー』(1959年)という物語が、壮大なスケールというイメージもあるため、違いが目立つ。

物語は、主人公 ベン・ハーは、イスラエルの王族の家系で、貴族。主人公と幼馴染に、メッサラがおり、この二人は、親友ながら、ローマ帝国司令官で支配する側のメッサラ、支配される側のベン・ハーで立場が違う。考え方の違いから仲たがいするというのは、どちらの『ベン・ハー』も同じ。最後に、戦車競技で、メッサラを打ち負かすのも同じなのだが、この間が、大きく異なる。

総督暗殺の汚名を着せられ、ベン・ハーが囚人となり、裕福な暮らしから、どん底に突き落とされる。この事件の切っ掛けになる出来事も違いがあるのだが、それよりも、囚人となり、ガレー船の漕ぎ手にされ、そこからのサクセスストーリーが、2016年の『ベン・ハー』にはない。ここが、逆転劇のキーポイントでもあり、ここがあるのとないのでは、物語に大きな違いがある。

1959年では、ベン・ハーがいる ガレー船に、司令官が乗り込み。ベン・ハーの知的なところに、司令官が目を付け、趣味で育てている剣士の一員にならにかと誘うも断られる。海戦が始まると、囚人が逃げないよう 脚に鎖をつながれるのだが、ベン・ハーだけは、その司令官の命令で鎖でつながれず。

敵の船に体当たりされ、甲板での激しい戦闘になり、司令官が海に投げ出されたところをベン・ハーが海に飛び込み助け、船は沈む。二人が、海で漂っていると、負け戦と悟り、自ら命を絶とうとする司令官をベン・ハーが思いとどまらせる。そこへローマ帝国の船が通り、二人は助けられるのだが、海戦自体は、大勝利と知らされ、司令官は喜び、ベン・ハーは、命の恩人として、丁重に扱われるようになる。

皇帝に謁見するほど高い地位の司令官が、死んだ息子の代わりに、ベン・ハーを養子として迎え、さらに、無実の罪も認められ、囚人からローマ貴族の仲間入りのようなことになる。この部分があるからこそ、捕らえられた 母と娘を助けるため、故郷へ戻った際、メッサラより格が上になり、立場が逆転する。これが、2016年の『ベン・ハー』には、すっかり抜け落ちている。

ガレー船の話では、他にも気になるところがあり。2016年では、漕ぎ手が囚人なため、虐待のような部分が強く印象に残るだけなのだが、1959年では、そこも違い。囚人ながら、船のエンジンのようなものでもあり、そう酷くは扱われず。司令官がやって来て、『バトルスピード!』、『アタックスピード!』と段階別に、どの程度のスピードが出せるかを調べたり。これを海戦前に行うなど、戦闘への慎重さが表現され、描写も細かい。これと同じような事が、他にもたくさんある。

戦車に乗ることになるのも、2016年は、ベン・ハーが馬に詳しいため、乗ることになるのだが、1959年では、詳しだけではなく、司令官の養子になる前、ローマでの戦車競技で名を馳せており、本場でというところで、実績があるプロのようなもの。欲深いキャラバンの商人が、そこに目を付け、ベン・ハーを乗せようと口説くのだが、ここだけでも、後者の方が違和感がない。

登場人物のキャラクターも、1959年の方が、個性的でキャラが濃く、その行動に違和感がないように感じられる。映画の作りとしては、昔の作品だけに、時代も感じられるのだが、物語に深みがあり、良さも変わらない。映像技術が進歩しても、昔の名作は、そう簡単に超えられないのかもしれない。


 


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